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長崎は特殊なまちだ。日本のまちは大概どこも醤油味なのに、長崎はバター臭い。その昔ローマ法王領になったことがあるなんて、信じがたいけどほんとうだ。まち並も海辺の景観もどこか地中海のまちの面影がある。
中国人も長崎にだけ住むことができた。寺を持ち墓を持って長崎人になった。いまでも長崎の正月や盆、弔いの祭りには爆竹がなる。横浜や神戸の中華街も長崎から生まれた。長崎の中国を、さるいてごらんよ。
高杉晋作はこのまちで「アメリカ大統領は土民から選ばれるのだ」と知った。民主主義も、地動説も外科手術も世界地図も、このまちから広まったのだ。「愛」もそうだろうか。
砂糖貿易は長崎と幕府に莫大な利益をもたらした。以来、長崎では料理の味と人間が少し甘めになった。ことに長崎の女性はその甘さがとてもチャーミングだ。
夕方に丸山をさるくと、路傍で必ず猫が寝そべっている。愛八も抱きかかえたのだろうか。そこへ雨が降ってきて、思案橋界隈の店に駆け入ると、長崎の男はずっとこうして過ごしてきたのだと納得する。ドアの外にはまた子猫がいる。
如己堂と名づけられたたった一間の小家屋がある。永井博士のすべての空間である。なんと気高くなんと豊かでなんと満ち足りていることか。昭和20年の夏の長崎を、さるく。
トンネルを抜けると突然都会で、角を曲がると坂段があり、上ると海に造船所が見え、下ると川にチンチン電車が走っている。忘れちゃならない日本人の記憶を、必死に抱え込みながら、長崎は息づいている。さあ、一緒にさるかんね(女性の長崎弁は、記念に持って帰りたい)。
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